オンラインに限らず、デプスインタビュー、グループインタビューがどんなことに役立つのかという話をしようと思います。 これらの手法は、定性調査、質的調査と呼ばれますが、こうした定性調査がどのような場面で役に立つのか、特に企業活動におけるどのような場面で役に立つのかということに触れたいと思います。1. 新規事業開発に不可欠な定性調査の手法まず、これらの手法は昨今、新規事業開発の場面で活用されることが非常に増えてきました。そもそも日本の企業は今、イノベーションの必要性に迫られています。インターネットの普及で、オンラインで提供されるサービスがグローバルのプレイヤーによって世界中で同時に浸透していくという時代が2010年代から訪れました。かつて、2000年代の日本の市場では(「タイムマシンビジネス」と呼ばれましたが)インターネットの世界であっても日本の企業が海外の企業の進出の前に事業を行って、アメリカで起きていることを日本に持ち込む、ヨーロッパで起きていることを日本に持ち込むというやり方が、通用した時代がありました。ところが、スマートフォンの普及によって、2010年代は世界中の人々が共通のスマートフォンを使い、共通のOSを使い、共通のアプリケーションを使う時代になったので、日本の企業は世界中のプレイヤーに負けないように、独自の新規サービス、新規事業を、イノベーションを求められる時代に突入しています。2020年代は多くの企業に、まだ世の中にない新しい価値をいかに生み出すかというイノベーションが求められているわけです。この、まだ世の中にない新しい価値を生み出そうとしたときに、定性調査、とりわけデプスインタビューのような手法が必要不可欠となります。それはなぜでしょうか。2. 定量調査により未知を探る限界アンケート調査の特性と限界アンケート調査やアクセスログ解析といったデータ分析を伴う定量調査は、今既に起きている事象について把握をすることには適した手法です。そして、アンケート調査は設問と選択肢を調査者が設計することによって成立する調査手法です。つまり、既に起きた事象の、設計者が認識している範囲で導いた仮説を設問文として表現し、同じく設計者が認識している選択肢を並べて、「既知の枠組みの中で、量的に事柄を測り把握するという手法」が定量調査です。言い換えると、調査者自身が未知の事柄をアンケート調査で把握することは非常に難しいことです。いや、できないことです。未知の事柄は、「その他フリーワード」で記述してもらって、定性的に読み解いた上で、「既知の枠組み」として新たにアンケート調査で量的に把握をする。というプロセスを辿るしかありません。リサーチ=検証型という暗黙知一般的にリサーチと言われると、「仮説の検証である」という風に、どこか暗黙知的に枠組みを規定してしまっているところがあります。例えば「最近どんな色の車が売れているかリサーチしておいて」と言われて、どんな色の車が売れているか考えるに当たり「まず年代に分けてみるか」とか「性別で分けてみるか」などの調べ方があると思われますけど、どんな色の車が好まれているか調べてみるときに「年齢」とか「性別」と切り取った瞬間、それは既に「仮説」検証になっているわけです。もしかすると、全く想定外に、新潟県だけ違う色の車が売れていることもあるかもしれませんが、それが既知のフレームになければ、リサーチとしては対象範囲から除外されるわけです。これほどデータマイニングが進化し続けている時代ですから、生のデータをたくさん保有しておいて、さまざまな視点をAIが機械学習的に見いだしてくれるというような、世の中の森羅万象を切り取るようなリサーチ手法だって存在し得るわけですが、現時点で、一般的な企業活動のなかで、多くの方が行なっていらっしゃるデータマイニングには、既知の枠組みでプログラミングを行う過程があり、変数定義をしている方がいらっしゃるかと思います。もちろん、リサーチを行ううえで、何らかの枠組みを自身の仮説や既知の情報の中で規定することは、必要なことであって、決して悪いことではありません。全く初期仮説や枠組みのないリサーチは存在しません。ただ「仮説の外側にある本当の問い」や「未知の枠組み存在」を、忘れてはいけません。「どんな色の車が売れているか?」という問いに、白・黒・グレー・シルバー……という既知の枠組みを定義した時に、その枠組みを疑う視点を持って、「アースカラー」や「ニュアンスカラー」といった未知の枠組みがあり得る、と気付くことが重要なのです。こうした「主観の枠」を自分自身で取っ払うことは、なかなか難しいことです。そのために「他者の主観」を借りてきて、未知の枠組みに気付く機会を創出しているのが、インタビュー調査という手法なのです。3. 生成的リサーチにより新たな枠組みを見いだすリサーチにおいては、既知の枠組みを検証するアプローチだけではなく、未知の枠組みそのものを獲得するための「生成的なアプローチ」が重要となります。 その代表的な手法が、インタビュー調査です。調査テーマの対象となる方から語られた発言、その方の発言から知り得た行動、目的、背景、気持ちといった、まだ調査者自身が知り得なかった事柄を集めてきて、そこから生成していく、形作っていくことで、新たな枠組み・仮説を得ることができます。例えば、新規事業において、まだ世の中に存在していない新しい価値を見出すためには、まだ存在しないものを生成する、形作っていく必要があるわけですので、そのときには、こういった定性調査の手法は、種、ヒント、材料を集めてくるのに有効な手段となります。新規事業は、課題の発見と特定、仮説の検証と再構築の繰り返しによって形作られていきます。すなわち「生成」と「検証」の繰り返しとも言い換えることができます。リサーチによる「検証」とりわけ定量的な検証は、多くの方が既に取り組まれていることかと思いますが、リサーチによる「生成的なアプローチ」は、まだまだ、その概念や有用性が認識されておらず、またその手法も専門性が求められるために、まだまだ一般的に使いこなされている状況とはいえません。デザイン思考やリーンキャンバスなどのフレームワークでは、「誰のなんの課題を解決するのか?」を先ず問うべき、と書かれていますが、その実践のためには、こうした「生成的アプローチ」が不可欠なのです。コモディティ化を脱却する体験価値とUXリサーチ2020年代に入って、あらゆる製品やサービスがグローバルのプラットフォームで提供されるようになり、いわゆる「コモディティ化」が加速しています。コモディティ化とは、「大衆化」という日本語が当てられますが、ある機能を、複数のプレイヤーが一様に提供し得て、差別化ができなくなっている状況ということです。 そうなると、企業にとっては、自社のサービス・製品を顧客に支持してもらうために、機能面ではない差別化、優位性、独自性を発揮する必要が生じてきました。それが、昨今、ユーザー体験(UX)やカスタマー体験(CX)という言葉で語られる概念で、同じ目的を果たす機能であっても、「Aの製品は一連の体験として非常に心地よさを感じる」「一方でBの製品はどうも使いづらい。なじまない。雰囲気が好きではない」といった情緒的価値を含む、体験全体を通した価値提供というものが、近年盛んに追究されるようになりました。 その体験価値全体を向上させるために、デザイン思考などのフレームワークが提唱され、インターネットのサービスにおいてはUXリサーチによって顕在化した課題を、より良い体験に向かって改善していくUX開発の手法が盛んに採り入れられるようになりました。こうして「滑らかな体験」「心地よい体験」というキーワードが、サービスの価値を示す言葉として、盛んに使われるようになりました。このUXリサーチにおいても、その核となる調査手法はデプスインタビューを中心とした定性調査になります。例えば、中古車検索サイトの体験価値を計測しようする場合に、対象者に対して、デプスインタビューの中で、「今自分が欲しい車を探してください」「中古車を探してください」「200万円で収めて探してください」といったシナリオを提示して、その方が実際にそのシナリオを遂行する際に体験するさまざまな出来事を目の前で観察しながら、対象者の方にその時に感じたことや心境を言葉にして語ってもらうことによって、体験価値の把握ができるわけです。このように、UXリサーチとは、主にデプスインタビューを中心とした「定性調査」によって進められるわけですが、もちろん、同時にログデータやアンケートによる、定量調査が行われ、生成と検証と仮説の再構築を繰り返しながら、進められています。 ここで改めて定性調査と定量調査との違いを提示したいと思います。例えば、先ほどの例に倣って、中古車を探すというシナリオを100人の対象者に提示したときに、意中の中古車を探すことができた方のコンバージョン率を、例えば10%、15%と、アクセス解析によって量的に性能を把握することが可能です。逆に、シナリオ上のゴールにたどり着けなかった人がどのページでつまずいたのか?という離脱ポイントも、定量調査によって測れるかもしれません。 しかし、なぜつまずいたのか、なぜこの場面から先に進めなかったのか、何が見つからなかったのか、あるいは本当は何を探していたのかといったことを探ろうと思うと、「今、何に迷われていますか」「どうしてこのボタンを、押しませんでしたか」と直接対話で引き出す必要があるわけです。このようにUXリサーチ、体験全体の価値を計測または向上させようとしたときには、一連の体験に伴う対象者の気持ちや行動、その行動の要因となっている事柄を直接語っていただく定性調査の手法が不可欠なのです。グロース期のマーケティングにおける定性調査の意義デプスインタビューをはじめとした定性調査は、グロース期(初期の製品やサービスに顧客がつき成長を実現する段階)におけるコミュニケーション設計の際にも非常に有効に活用することができます。コミュニケーション設計とは、新たなサービスを提供する際に、誰に、どの価値・便益を、どのような表現方法で、どのようなチャネル(集客するための販売、流通、情報伝達の経路)、タッチポイント(企業の製品・サービスと顧客との接点)で訴求すれば、その価値が伝わり、利用意向が向上し、実際に申し込み、利用を始めてくれるか?という一連の設計です。サービスのグロース期においては、利用するユーザーがどんどん拡大していきます。それに伴って、利用者のセグメントが発生します。セグメントとは、例えば利用者の価値観、判断基準といったものによって、いくつかのタイプが分化していく、分かれていくという状態です。 その際に、同じ製品を価値訴求しようとしても、セグメントの違い(価値観の違いや意思決定要因の違い)によって、「ある価値観の人には、このような訴求をすれば刺さる」、別の価値観の人には「この点を訴求すれば刺さる」などと、セグメントごとに伝えなければいけない事柄や、伝え方がさまざまに分化していくわけです。こうした状況では、それぞれのセグメントの方々の定性調査を通じて、その方々の価値観や意思決定基準を理解する必要があります。この価値観、意思決定基準といったものは、機能的価値に対する良し悪しが判断されるものもあれば、情緒的価値、すなわち「好き」「嫌い」「何々っぽい」「何々っぽくない」「私らしい」「私らしくない」といった、二つの価値基準が混ざり合っています。とりわけ、この情緒的価値を把握、理解しようとしたときには、潜在的な感情を引き出すインタビュー手法が必要となります。 このようにサービスのグロース期において発生するセグメントごとのターゲットの理解に定性調査は不可欠です。また、それを通じて導き出したコミュニケーションプランの仮説、例えばコンセプトを反映したコピーライティングであったり、あるいは訴求ポイントを取捨選択したコンセプトボードのようなものを作って、定性調査の中で提示する方法もあります。それに対しての反応、感想を直接言語化してもらう、あるいは、そのリアクションによって提供価値の認識程度を把握しながらコミュニケーションプランを生成し、その仮説検証を繰り返すといった場面にも有効に使っていただけます。4. 質的・生成的調査により未知の着想を得るこのように、新たなサービスや製品の開発は、そもそも誰に向けて、どのような価値を提供し得るのかといった価値の生成から始まります。そして、その価値をどのように訴求すれば、認識を持ってもらうことができるか、あるいは、これまでの習慣を変えて利用してみようという気持ちに動かすことができるか、そのためにどのような言語、視覚表現をもって価値を伝えていくか?といった施策を組み立ていく必要があります。その際に、お手本にできる先行事例や類似サービスがあればよいのですが、イノベーティブなサービスやプロダクトを作る際には、お手本や先行事例が存在しないはずです。 その際に必要な一つ一つのアイデアは、企画者(あなた)ご自身の頭の中で思い浮かんだ、既知の枠組みに基づいた仮説だけで十分なのでしょうか。 その既知の枠組みの外側に、利用者・対象者の方の本当の課題や、あるいは「もっともっと」の感情が存在しているかもしれません。こうした、企画者自身にとって未知の着想を得るためには、質的調査・生成的調査は欠くことができないものなのではないでしょうか。