インタビュー調査においては、いかに対象者の本音を引き出すか、そして、そのテーマに対する対象者の発言のみならず、その発言の背景にあるものや置かれている状況、その方の考え方といったことを前提として理解、把握することが重要になります。このことをインタビュアーとして引き出すためには、インタビュアーのスキル、インタビュアーとしての進め方のテクニックや技術が非常に重要になり、そこにインタビュアーとしての専門性があります。ここに関連して、「オンラインに限らずインタビュー調査をどのように進めたらよいのか」「コツは何か」といったご質問をよく頂きますので、本日はLupeが作成したインタビュー設計やフレームワークについてご紹介差し上げたいと思います。Lupeでは、対象者が実際にどのような考えや気持ちをお持ちか、またご本人が、その考えや気持ちについて自覚している記憶と、自覚していない潜在的な活動についても理解をするため、このようなフレームワークを使っています。1. 絵を描くように叙情的に叙景的に私は講演等の場において、この点については、「絵を描くように叙情的・叙景的にインタビューを進めていきましょう」という表現をよく使います。それは例え話でしかありませんが、心構えであり、インタビューのフレームを考えるときの元になっている感覚的な表現で、どうしてあのフレームがああいうフレームになっているのかの説明でもあります。それは、その場面の絵を描くようにインタビューをしているという感覚です。対象者の方が体験を語ろうとしたときには、時が経ってしまって本人の中でも記憶が曖昧になっていることもあり、語るといっても事実を淡々と説明すればよいのか、それとも感情や風景のような、その場面についてありありと説明した方がよいのか、対象者が口に出して何かを表現するときには、人それぞれさまざまに語り口があるわけです。ついインタビューというと、クエスチョンとアンサーのフォーマットになりがちで、インタビュアー側がAという質問をすると、やっぱりA'というアンサーが返ってくるわけなんです。本音を探っていくことだったり、本人も自覚していない感情をこの場に外化するということだったり、あるいは、共感を感じてもらうことを志向すると、対象者の方が「あ、そんな風に分かり合ってくれるんであれば、じゃあ話しますけど」と、つい口をついて出てしまう。このような関係性を構築するためにLupeのインタビュアーが心掛けているのは、対象者の方が話のテーマにしているその時、その場面で、どんな風景の中で、どんな発言をして、どんな心情にあって、どんな表情をしていて、周りにはどんな人たちがいて、どんな時間帯で、どんな季節でというような、その場の場面を絵に描く、そんな感覚でインタビューを進めていくことです。これが、まさに背景を含めて話を広げていくということに他ならないのですが、「背景を聞きなさい」と言われても、なかなかつかみどころがないと思いますので、私たちは「叙情的・叙景的に絵を描く」と表現しています。対象者の体験された時の心情は、表情を見るなどして想像することもできます。しかし、それを絵として描こうとするならば、その場に立ち会ってスケッチできるわけではありませんので、描き手になった気持ちで質問を投げかけてくださいとよく言っています。例えば、対象者が「いやあ、もう笑っちゃいましたよ」と言ったとき、心の底から大爆笑しているのか、それともなにか、相手のことを皮肉めいた感覚を伴って言っているのか。それを絵に描こうとするなら、インタビュアーとしては質問を続けます。これが叙情的な側面です。叙景的と表現しているのは、例えば漫画的表現として、背景を何も描写せずに、その人物の表情だけを描くというのは、これはなかなか文脈として表現が制限されると思うんです。どうしてこの人は、この時、こういう表情をしていたのかは、背景の描画を伴って成立するわけです。緊張感がある。不安であった。それは、その時この人が、どういう場面に置かれていたから成立したのかということなのです。もちろん、それは時系列を伴う話なので、どのような経緯を経て今その立場に置かれているのかを絵として描けるようにインタビューします。2. それた話題から背景を視る、潜在的な感情を外化する各々のインタビュアーは、対象者が経験されてきた一つ一つを、叙情的、叙景的な表現を用いて、あたかも一つの絵を描こうとする強い願いをもってインタビューに臨んでいます。したがって、たとえ直接的な質問への回答から会話がそれていっているように見えるとしても、それは対象者との間で構築された信頼関係に基づき引き出されたもので、対象者の中には関連性があると捉えるべきなのです。つまり、対象者の方が潜在的にお持ちであった、表層的な記憶には現れなかった物事には一貫性が存在しているのです。すなわち、これはインタビュアーが対象者の背景等を巧みにお伺いできているということであり、ここで引き出せた内容はたいへん貴重なものであると言えるでしょう。「景色を描くように叙情的・叙景的に」と言いましたけれども、その中で、それた話題をどんどん引き出していったときに、一つの事象にお気付きになられると思います。それは、インタビュー対象者の方の中で記憶がどんどんよみがえっていく、その方の脳内にその景色が一度展開された途端に、あふれ出るように、その時の描写が、描写する言葉があふれ出るようになる場面に出くわすと思います。「潜在的な」という表現をこの記事の中で何度も使っていますけれども、その方が経験して、あるいは感情的に感じ取ったものを心の中にしまっていて、これを引き出してくるのは、なかなか本人にとってもサポートが必要なことです。ここまでの話のように、一緒に絵を描いていく中で、その時の感情がよみがえってきてようやく出てくるもの。これがまさに「潜在しているもの」なのです。このような助成想起という言葉は聞いたことがあるかもしれません。助成想起の対義語は純粋想起であると言われますが、この助成想起を定性調査、インタビューの中で展開していくために、一緒に、その対象者の方と自分の脳内に場面、景色、絵を描いていくことがインタビュアーとしてのスキルなわけです。3. ユーザーインタビューの設計方法・フレームワークのご紹介まずは実際の行動からまず、何らかのテーマについて対象者にインタビューをしたいとき、例えばここでは旅行やレジャーについてのインタビューをしたいという場合ですが、まずLupeでは一番最初に、実際に取っている行動について、事実をありのままにお話しいただく手順を踏みます。「旅行にどれぐらい行くか」「最近はどこに誰と行ったか」「旅行中にはどんな所に行ったか」「期間は」「かかったお金は」といった実際に取った行動について一つ一つ話を伺っていきます。行動の起点となった本人の意向・希望ただそのときに、人の行動は自分自身の意向や希望が100%叶っているものであるとは限りません。「実はこういう風な希望を持っていた」「旅行先を決める時に何を目的として行った」「その中でも特にここにこだわった」という意向があったり、他にも「実はここに行きたかったんだけれども、今回はそこまでは足を伸ばす時間がないので次回にしよう」と思って叶わなかった希望であったり、「旅行といえばいつかここに行きたいよね」といった夢のようなものが、旅行というテーマ一つを取っても存在しているのです。実際の行動の後に、その行動の目的としていたことや、その時には叶わなかったけれども本来希望していたことといった本人の意向、希望していることについて、その次に質問します。本人以外の周囲の影響・置かれた環境また、行動は本人の意向や希望だけによって決められるものではありません。周囲にいる人々との関係性や、置かれている環境その他、様々な影響や制約を受けて人の行動は決まっていますので、これも併せてお話を聞いてみます。例えば旅行に行くときに、「一緒に行く相手がどんなことを希望していたか」とか、「旅行のプランを練るときに何か参考にして影響を受けた情報源はあるか」などを伺います。あるいは、旅行に行ける時期が夏休み、お盆の時期に限られていたとか、そのために予約がもう既に埋まっていて取れなかったとか、こういった置かれている環境、状況がどういったものかも併せてお話を伺っていきます。その環境・意向・行動の背景このように、実際の行動以外の本人の希望や影響を受けた環境、周囲の状況といったお話を聞いていくと、その方が今置かれている背景、普段置かれている境遇、その中で今回どうしてある特定の行動を取ったのか、そういった行動の背景が段々と見えてきます。例えば、そもそも今回の旅先で選んだ場所に、いつ、どういうきっかけで興味を持ったのかお伺いした場合、その興味を持ったきっかけは最初、旅行を目的としたものではなかったかもしれません。例えば、好きで観ていたアニメの舞台になっていたとか、たまたま読んだ小説の舞台であったといった背景が聞こえたとき、その方は旅行の目的以上に、「そのアニメや小説の作品の中に触れたい」という、一見、旅行の行動とは直接関係ないような普段のその方の嗜好や暮らし、または生活において大切にされているものなどの背景が見えてくるわけです。その時の気持ち・心境なぜ、この一見、実際の行動や気持ちとは関係ない背景まで話を広げるかということなのですが、聞き出したいのは最終的にその行動を取った時の気持ちや心境であるからなのです。本人のその時の気持ちや心境を語ってもらうに当たっては、話す相手が、そもそも自分の置かれている状況や背景を共有できている相手かどうかによって、語られる気持ちや言葉は変わるものです。「この人はさっき自分の置かれている境遇について理解をしてくれている」と思ってくれたときに、「そこを分かってくれている人だから言うけど、こういうときってこうじゃないですか」という気持ちが語られます。それに対してインタビュアーは、「そうですよね、分かります、私もその状況だったらこう思うと、今同じ気持ちになりました」といった共感の言葉を返してあげることができるでしょう。そのような共感し合える関係性になって初めて、「実はそれが嫌だと思っていた」とか、例えば「それを不満に感じていた」、あるいは「これをコンプレックスに思っている」「こんなことができないかと昔から思ってきたんだ」とか、「実は今のお話聞いていただいたから分かると思うんですけど、私、本当はもっともっとこうしたいの」といった、普段人にはあまり言わないような気持ちも含めて“Pain”、つまり不満や不足や不安や辛さの“Pain”の気持ち、負の感情を言葉に出してくれたり、「もっとこうしたい」「本当はこうしたい」「できることならこんなことをしたい」といった、気持ちが高ぶる、高揚するような場面についてお話しをしてくれるようになるわけです。これこそを本音と言えましょう。なかなか普段からは人に語られないような感情や心情というものは、直接的に質問を投げても語られるものではありません。まずは対象者の方にとって、「この人が自分に対して共感してくれている」「自分の背景についても先ほど質問をしてくれて」「傾聴してくれて」「頷いてくれて」などと、心理的に安心で安全な気持ちとなっていただける存在となってこそ語られるものです。このように、まず初めに実際の行動から入って、その方の背景、置かれている境遇といったところを一度掘り下げることによって、本音の気持ちや心境が語られるという手法を使ってデプスインタビューを行なっています。“Pain”に対して“Gain”とは、「今感じている感情をもっと増やしたい」「もっと美味しいものが食べたい」「もっと安い物が買いたい」「10個持っているが100個持ちたい」「フランスに行った。イタリアにもスペインにも行きたい」といった、日本語で言う「もっともっと」という感覚です。“Pain”は、今叶っていないマイナスの状態をゼロ以上にしたいという心境で、”Gain”は、今既にプラスの状態をさらに何倍にも増やしたい、もっとやりたいという感覚です。4. 共感してくれる相手に“Pain”と“Gain”が語られる質的なリサーチによって“Pain”ポイントも“Gain”ポイントも見出すことができます。その両者に関して、個人的に感じていることを一つご紹介します。スタートアップの皆さんがプロダクトやサービスを作るとき、「そのプロダクトは誰の何の課題を解決するのか」という問いや、「サプリメントではなく痛み止めを作りなさい」といったアドバイスや、あるいは象徴的な言葉として「バーニングニーズ(Burning Needs)を探せ」という言葉をよく耳にされると思います。「髪の毛に火がついて自分の頭がもう燃えている。今すぐ消し止めたい。」というバーニングニーズを探りなさいという言葉を耳にすることが多々あると思います。むしろ、そのような類の方向性の言説しか目にしないことでしょう。ただ、今読んでいただいている読者の中に一定割合、「いや、私たちが考えていることは、そういったマイナスの状態をゼロに近づけるサービスではありません」という方は、そのアドバイス・助言に対してちょっと違和感を感じていらっしゃるのではないかなと思っています。この世の中には、人々のマイナスの状態をゼロにするサービス以外の、人々の「より良い暮らしをしたい」「豊かな暮らしをしたい」「暮らしの品質を良くしたい」「好きなことをもっと楽しみたい」という思いに応えた、プラスの状態をさらにプラスに変えていくようなサービスやプロダクトがたくさんあふれています。むしろ個人的には、マイナスはゼロにしてしまえば、それ以上のニーズはないわけですが、人々の「もっとやりたい」「もっと欲しい」「もっと楽しみたい」という欲求は果てしないので、実は“Gain”ポイントを捉えたサービスの方が、市場の広がりやビジネスの拡大という点では可能性が大きいのではないかとさえ感じます。ただ、それは文化の醸成に近いものですから、時間はかかるかもしれません。やはりバーニングニーズの方が投資家としてはおいしいのかもしれません。今すぐに消し止めたいから、短期的なレバレッジは大きいかもしれません。ちょっと話がそれましたが、今この“Pain”ポイントと“Gain”ポイント、それぞれ質的調査、リサーチで捉えたときに、どちらが見つけやすいか、あるいはどちらを見つけることに適しているかという観点で捉えたときに、どんなことが言えるでしょうか。これも私の所見、個人的な考えですけれども、実は“Gain”ポイントの方が潜在的で、潜在性が高い事柄である可能性があります。“Pain”ポイントよりも“Gain”ポイントの方が、可視化が難しい、顕在化が難しい欲求なのではないかなと感じることもあります。“Pain”ポイントの例えとしては、頭が痛い患者さんは、頭が痛いと訴えてくれるはずです。お腹が空いた子どもは、お腹が空いたと泣き訴えてかけてくれるはずです。インタビューの中でそのような言葉を耳にする機会は比較的容易だとお感じになると思います。ただ一方で、対象者の方が実はささやかな喜びとして日々感じていらっしゃることや、密かに楽しみにされていること、人に言うほどのことではないけれど、暮らしの豊かさを作っているものや、あるいは誰に言うわけではないけれども自分の中で大切にしている考え方や価値観といったような、こういう人々の暮らしを彩っているような、生活のプラスの感情や要素は、わざわざ赤の他人に、しかもこの短期間の接点で語るようなことではありません。あるいは、それは本人も気付いてないことでさえあるかもしれません。例えば、毎朝のコーヒーショップに立ち寄る習慣の中で、たまたまいつも店員さんと交わす一言が、実は日々の暮らしのリズムや気持ちの安定性を作っている大事なことであるというエピソードがあったとします。これは本人も、実はそれがどのぐらい大切な部分を占めているかは言語化できていない方が多いでしょう。認識、認知できておらず、プラスに作用している要素を自分自身の中で認知できていないことは多々あります。「頭が痛い」を言語化するよりも、「毎朝のコーヒショップがあるから私の仕事はうまくいっています」と言語化できる人は少ないと思います。このことこそ、リサーチによって外化する意味合いが大きいと私個人やLupeとしては考えています。潜在的な“Gain”の発見こそ大きな提供価値につながる昨今の、サービスや製品の品質が均一で、有意義な体験価値等によって企業間の勝負が決まるこの時代においては、“Pain”ポイントを見つけることよりも実は“Gain”ポイントを見つけることの方が価値の高い体験を顕在化すると言えるでしょう。もちろん先程の話の投資家からすればバーニングニーズを瞬く間に解決しそうなプロダクトの方が魅力的だとは思います。3年後にはみんなが使っているようなプロダクト。それこそコロナワクチンのような。ですから、今現在の重要性を測ろうとするならば、それは基準の違いによって分かれるでしょう。しかし、このリサーチをしようとしている人、おそらく各社の立場だとしたとき、その方々に向ける言葉はこうなります。もちろん“Pain”ポイントを見つけて、それを即座に解決することは非常に素晴らしく、もちろんそれは人類にとってたいへん有意義なことです。ただ、暮らしの豊かさや人々の体験価値の向上や、あるいはポジティブな感情を増幅する。このようなプロダクト、サービスに当たられる皆さんこそ、実はビジネス的にも息が長いし、結果的には大きくなる可能性もあります。こと私たちリサーチ会社としてお話ししている立場からすると、そういうプロダクトやサービスに当たられている方にこそ、この質的調査をご活用いただきたいという願いがあります。相対的にそちらにこそ価値を発揮し得る可能性を秘めているのではないかなぐらいの感じかもしれないですね。例えば極端に言うと、“Pain”ポイントは、アンケートのフリーアンサーとして一言書ける「何か困っていることはありますか」という四角いボックスを空けておけば、頭が痛い人は「頭が痛い」って書くはずなんです。「ガソリンは高い」とか「給付金の支給が遅い」だとか。こういう“Pain”はきっともう“Pain”なので、もう紙を渡せば書いてくれるはずです。もちろん、本人が、痛みがこんがらがってしまっていて、漠然とした不安とか、あるいはなにか、こう、もう、もはや自分でも何が具体的な負荷か分からない。それならば、これをひもといてあげるような、こういう役目ももちろんあります。こういう漠然とした不安や、なにか不安を打ち消そうとしている人と直接対話して、「この方、実はこういう不安を抱えているな。言語化していないけど、あるいは包み覆い隠そうとしているけれども」ということを見いだし、その“Pain”ポイントを見つけていくような、そういう定性調査のあり方もあるとは思います。それでも他方の“Gain”ポイントを探っていくようなリサーチにこそ、実は定性調査を行うことの意味合いが発揮されやすいという捉え方もできるかもしれないと考えています。